皆さん、おはようございます。
 先日の中央スクーリングで、日本のヘレンケラーといわれている東京大学助教授、福島智さんのお話をいたしました。
 福島さんは神戸市垂水区の出身です。3歳で右目を失明し、9歳で左の目も失明してしまいました。
 小学校4年生からは、兵庫県立盲学校に転校されましたが、持ち前の明るさと前向きの姿勢で学校生活を楽しみ、中学部を卒業した後、東京の筑波大学附属盲学校高等部に進学されました。ところが高等部2年生の冬、聴覚をも失うことになったのです。
 目も見えず耳も聞こえないということは、真っ暗闇の中で何も聞こえず、自分がただ独りぽつんと存在するという、私たちが考えても恐ろしい状況です。自分のいる場所が家でなければ、自分がどのような状況に置かれているのかさえ、想像もできないのです。
 そんな福島さんは学校を休み、お母さんと家で過ごしていたとき、偶然、お母さんが指点字という会話の方法を編み出したのです。
 指点字というのは、両手の人差し指と中指、そして薬指の先の方を、点字のタイプライターを打つように軽くたたくのです。このことによって、点字を打つことができる人なら、福島さんと指点字を使って会話ができるようになったのです。
 そこで、福島さんは再び前向きに生きる勇気を持ち、多くの指点字の通訳者や介助者に支えられながら、高等部を卒業した後、東京都立大学で11年間学びました。 その後、都立大学助手を振り出しに、金沢大学助教授、そして現在は東京大学助教授として活躍されています。
 さて、今日の私のお薦めの一冊は、この福島さんの奥様である、光成沢美さんが書かれた「指先で紡ぐ愛」という本です。この本はドラマ化され、テレビ放映されたので、ご存知の方もおられることと思います。福島さんとは指点字以外に会話をすることが出来ません。副題に「グチもケンカもトキメキも」と書かれているように、全て福島さんの指先に点字を打つのです。
 著者の光成沢美さんは広島大学の出身ですが、手話通訳者を目指し、上京して勉強されておりました。そして、たまたま福島さんの講義を聴かれたのが、二人のお付き合いの始まりです。結婚されたとき、沢美さんは仕事を持っておられたので、福島さんは介助者や指点字の通訳者の方々に支えられながら、日々の仕事をされておりました。
 ところが、金沢大学に赴任されたとき、金沢には指点字の通訳者がいませんでした。そのため、沢美さんご自身が、大学の講義、教授会、学生とのゼミ、まわりの状況など全てにわたって、24時間、通訳と介助をしなければなりませんでした。
「妻だから夫を支えるのは当たり前」という回りの扱いから、その疲労やストレスは大変なものだったと書かれています。
 また、ケンカをしても、普通の人なら2日も3日も口をきかないということがあります。ところが、自分が指点字で通訳しないかぎり、夫は真っ暗闇の中で、ぽつんとしているだけになってしまうので、個人の感情と指点字の通訳とをしっかり区別しなければなりませんでした。
 私がこの本を、お薦めの一冊に選んだのには、2つの理由があります。
 その一つは、人はひとりで生きていくことはできない。言い換えれば、どのような状況にあっても、まわりの人の支えと理解があれば、こんなにも前向きに生きていけるのだということに感動し、しかも、肩肘張らずに支えていくということについてもよくわかるからです。
 もう一つは、介護の問題です。皆さん方の中には、今、ボランティアとして介護活動をしている方や、日々ご家族の介護をしている方がおられると思います。さらに、まもなく老老介護をしなければならないだろうと思っている方もいらっしゃるでしょう。そのような方々にとって、自分の感情と介護の区別をすることの大切さ、即ち、常に冷静に対処することの大切さを、この本からくみ取っていただけるのではないかと思ったからです。
 とはいっても、そのような理屈を考えることなく、この本を読んでみて下さい。いろいろ私たちの想像も付かないようなエピソードが次々書かれており、笑ったり、涙を流したり、その先どうなるのと、楽しく読むなかで、いろいろと考えさせられるエッセイではないかと思います。