高調波所論 [REPORT5−2] 高調波無効電力についての一考察
(1)このリポートのテーマ |
(2)インダクタンスLによる高調波力率の変化 |
(3)インダクタンスに電流が流れる時の物理的動作について |
(4)基本波無効電力と高調波無効電力 |
(5)高調波無効電流の交流電源側への影響について |
(6)まとめにかえて |
・変換回路は無制御状態(α=0)とする。 |
・転流は無視する。 |
L[H] | 0.000 | 0.001 | 0.003 | 0.005 | 0.01 | 0.1 |
実効値 | 1 | 0.969 | 0.916 | 0.902 | 0.894 | 0.891 |
基本波実効値 | 1 | 0.959 | 0.863 | 0.833 | 0.816 | 0.810 |
高調波実効値 | 0 | 0.140 | 0.307 | 0.346 | 0.365 | 0.371 |
高調波力率 | 1 | 0.989 | 0.943 | 0.924 | 0.913 | 0.909 |
- 電線に電流が流れると電線の周りに磁界が発生する。電気回路でインダクタンスを配置するのは、もっぱらこの磁界を利用することに他ならない。 変圧器の場合は複数のコイルで磁束を共有し、逆起電力を利用して電圧変換しながらエネルギーの伝達を行う。回転機の場合は回転磁界を利用して電気エネルギーを 機械エネルギーに変換しながらエネルギーの伝達を行う。
- インダクタンスLは次式で与えられる。
L=N²μS/l
N:巻き数
μ:透磁率
S:コイル断面積
l:コイル磁路長
通常L値を大きくするために、透磁率の大きな鉄心を使用する。コイル内部に設置されたこの磁性体の動作が重要である。磁界がない時は磁性体内の磁極はバラバラな方向を 向いている。 この状態は磁性体のエネルギーが零の状態である。ところがコイルに電圧がかかり電流が流れるとコイル内部では一定方向の磁界が発生し、発生した磁界は磁性体の磁極を同一方向に 整列させるようにはたらく。ところが物理的に非常に重要な「慣性の法則」により、磁界の変化を妨げる方向に逆起電力が発生し、結果的に電流の流れの変化が電圧の変化より 遅れてしまう。- コイルに電流が流れると、ともかく磁性体の磁極は一定方向に整列する。この状態は磁性体にエネルギーが蓄積された状態である。ここでコイルにかかっている電圧が零に なると整列している磁極は元のバラバラな状態に戻ろうとする。ところがまたここで「慣性の法則」がはたらき、急激なエネルギーの放出を妨げようとする。その結果 エネルギーの放出即ち電流の減衰は電圧の変化のように急にはならず、ゆっくりとしかも電圧変化より遅れることになる。
- この現象が無効電力を考察する時大変重要である。つまり「誘導性負荷の電流は電圧より遅れる。」ということの物理的意味がこのことである。
- コイルが上記動作を遂行しているとき電源側から一旦エネルギーを受け取り、その後その受け取ったエネルギーをまた電源側に放出即ち返還している。電源側とやり取りしている このエネルギーは決して負荷側へ伝達されることはない。無効電力(Watless power)とはそういう意味である。「無効」ではあるが、電気回路で磁界を利用する上で必要不可欠な 電力である。「無効」という言葉は「無駄」という語感を含み、誤解を生みやすいように思う。英語の方がより正確なような気がする。
- それはともあれ、無効電力の電源とのやり取りでまぎれもなく電流(無効電流)が流れていることにも注目しなければならない。送電損失が発生しているし、その他にもいろいろ 弊害がある。しかしそれはこのリポートのテーマからはずれるので、これ以上言及しない。
- この項では変換回路とそれに続く平滑回路は区別して論議する。両方あわせて整流回路と言うことにする。また考察対象は単相全波整流とする。
- 変換回路の出力波形は[REPORT5−1](5)「整流回路の直流側出力波形の検証」の3番目で示しているように、直流成分と偶数調波の高調波の合成である。 その各調波成分は正弦波形であるから、十分大きなインダクタンスがある時は減衰してしまい、直流分のみが残ることになる。インダクタンスによる平滑とはこういうことである。 すなわちインダクタンスはフィルターの役割をしているとも言える。
- 誘導性負荷の無効電力とは電圧の実効値と電流の無効成分実効値をかけあわせたものとなる。ところが整流回路の場合は少し複雑である。変換回路の交流側電流波形は [REPORT5−1](4)「整流回路の交流側電流波形の検証」の6番目で示しているように矩形波であり、基本波形と奇数調波の合成である。有効電力は電圧の実効値と 電流の基本波有効成分実効値を掛け合わせたものである。ここまではそんなに問題はない。
- 整流回路においては一般に次式が成り立つ。
S²=P²+Q1²+D²
Q²=Q1²+D²
S:皮相電力 S=U√(I1²+I2²+I3²+…)
P:有効電力 P=UI1cosΦ1
Q:無効電力
Q1:基本波無効電力 Q=UI1sinΦ1
D:高調波無効電力 D=U√(I2²+I3²+…)
U:交流電圧実効値
以上は冒頭にも書いたように、電源電圧が対称正弦波であるという仮定での結論である。また「高調波無効電力」については、単に「高調波電力」あるいは「歪み波電力」としている 解説書もある。- 「重ねの理」にしたがって各調波成分を分解して考えると、基本波における誘導性負荷と全く同じで、無効電力を電源側とやり取りしている。このやり取りの各調波の重ね 合わせの結果が「平滑」となって現われている。高調波無効電力とは負荷に伝達されないで、このように電源側とやり取りされる各調波の電力を合わせた電力に他ならない。 したがって高調波力率が1より小さな値になるのは、誘導性負荷の力率が1より小さいのと全く同じ物理的帰結である。
- 以上をまとめると、「整流回路は高調波無効電力を電源側とやり取りしないと、整流できない。」という結論となる。私はこの「無効電力のやり取り」という表現が 一番正確だと思っているが、電験関係の解説書で頻繁に使用される「無効電力の消費」と同じことである。「無効電力の消費」とか「遅れ無効電力をとる」とかの表現は定義を 明確にしておかないと、間違いの元である。
- 無効電力のやり取りであるが、誘導性負荷の場合は進相コンデンサ、送電線の容量分、あるいは発電機自体がやり取り先である。いわゆる調相設備もこれに当たる。 整流回路での高調波無効電力のやり取り先も同じと考えられる。整流回路が電源側と無効電力のやり取りをする、すなわち交流側電路に高調波電流が流れると、電路インピーダンス のため高調波電圧降下が発生する。その結果電源電圧は対称正弦波から歪んだ波形とならざるを得ない。すなわち電源電圧に高調波成分を含むようになる。
- 同じことを言っているだけのことだと思われるが、整流回路を高調波電流発生の電流源とする議論がある。高調波電流が流れるという点にだけ焦点を当てて、いわゆる高調波の 流出防止対策を考える時には単純で計算しやすいかもしれない。しかし「電流源」という語感からはエネルギーの発生源というイメージが出てくるため、高調波の初学者には余計に わかりにくい表現だと思う。高調波がわかりにくいシロモノであるという先入観を植え付ける元凶のように思える。なるべくなら使いたくない表現方法である。無効電力を十分 理解したうえで使用しないと、間違った解釈となってしまうので注意が必要である。
- さて、特に容量性負荷は高調波電圧に対してインピーダンスが小さくなるので、高調波電圧の影響を受けやすい。コンデンサのパンク、あるいはコンデンサ付属の直列リアクトルの 焼損がとりあえず問題となる。発電機や調相設備も高調波電流の影響を受けると思われるが、このリポートの範囲外なのでこれ以上は追求しないことにする。 また整流回路の交流側電圧が高調波成分を含むと、負荷側に「高調波有効電力」を伝達することになる。負荷が直流電動機などであると何か影響が出てきそうであるが、この問題も このリポートの範囲外なのでこれ以上は追求しないことにする。