あかね色
   オーストラリアは日本と比べて時差が1時間ある。(日本より早い)シドニーはサマータイムでさらに1時間早い。
   午前5時、「おはようございます」の放送が流れ、おしぼりが配られ朝食はおにぎりを選んだが、コンビニで売っているような物1個で、お茶で食べた。飛行機の左側から夜が明けてきた。機体の窓から朝の光が差し込んでくる。空はとてもきれいなあかね色に染まっている。初めて、本当のあかね色を見たような気がする。今回の旅で1番印象に残っている色だ。
   6時37分に中継地のブリスベーンに到着。45分に乗り継ぎ客も全員荷物を持って機外へ出る。ここで乗務員は全員交代。この飛行機は関空→ブリスベーン→シドニー→関空で1回のフライトのようだ。シドニーまでの乗り継ぎ客だけ別に並んで、改めて手荷物検査。関空ではどうもなかったのに、ここではブザーがなる。靴を脱ぐようにと指示され脱いだが、また鳴る。次はベルとかな、と思って、自分からベルトと腕時計を外したら O.Kだった。
   ブリスベーンは夏の世界。おそらく30℃以上はあったのだろう。思わず半袖になる。1時間ほど待ち時間がある。様子が分からないので搭乗の79ゲートへ行くが、ここから搭乗する人と乗り継ぎの人で待合いのシートはいっぱい。ここにアボリジニのオブジェのような人形が飾ってある。空港は一面ガラス張りで明るく、免税店などが並んでいた。そろそろ、シドニーへ着いてからのことが気になりだし、じっとボーディング・チェックを待つ。トイレは洗面所を洗面・整髪中の外人(ここでは私が外人か)に占領されていたのでそのまま出る。乗客の大半は日本人だった。
   7時55分、再び搭乗する。機内のエアコンは冷房に変わっていた。
   8時15分ブリスベーンをテイクオフ。

シール
   シドニーまでの間に虫養い的にサンドイッチがほんの一切れでる。飛行機はブリスベーンからシドニーに向かって一直線に大陸の上を飛ぶ。1時間22分後、シドニー時間の10時37分キングスフォード・スミス国際空港に到着。早く、降りたくて急いで出口に並ぶ。入国カードとパスポートを提示してスタンプを押してもらう。係官は一瞬笑顔で「サンキュー」と声をかけてくれる。(ちなみに、日本の係官は黙っている)続いて、荷物を取りに行くが全部が揃わない。(関空で別の窓口に預けたことをすっかり忘 れていた)最後の方になって、人影もまばらとなりうろうろしていると、ビッグサイズは1番だと教えらる。急いでいくと、ちゃんと全部揃って降ろしてあった。
   最後の関門は荷物検査。順番に荷物をX線の装置の中に入れ、出口で待っていると、予想どうり聞いてきた。「これは何だ?」係官は3人ぐらいで順番に英語で聞いてくる。 ゆっくりと「ボランティアでパネルシアターの公演をするために使う物だと」答える。すると、ミキサーのケースを指さし「何が入っている」と問いかけてくる。ミキサー、ジュラルミンのケース、ボードと答えていくと尋ねる英語が段々早くなる。スーツケースになった時、「衣装と絵」と答えた。その時、何回か「開けてもいいか?」と尋ねられたように思ったので、「イエス」と答えると、横にいた,みすぐが「パネルに使う物だ」と答え直した。どうも、「売るのか?」と聞いたらしい。開けられる事を前提にパッキングしていた事が頭の中にあって、思わず返事をしたのかも知れない
   すると、別の係官が荷物に張っている今回の公演シールを見つけて「Ton & Funny Girls?」と聞いてきた。「イエス」と答えると「It's fine!」と笑顔になり、即座にO.Kとなった。

シドニー日本人学校
  11時10分、出口に急ぐと、ローマ字で名前を書いたボードを持って待っている方がたくさんいる。すぐに、私たち全員の名前を書いた一人の男性がいた。KangarooTripの福田浩一さんだ。カートを押しながら駐車場まで歩く。暑い。残暑の最中、30℃をかなり超えているようだ。
   10人乗りの白いワゴン車に荷物と載せ11時30分に空港を出発。昼食をどうするか。予定ではファースドに寄ることも考えていたのだが、サンドイッチが少しお腹に入っていたので日本人学校に直行することにする。福田さんの携帯電話を借りて日本人学校に連絡する。
  車は高速道路でシドニーのシティを通り抜け、有名なオペラハウスを遠くに眺めてハーバーブリッッジを渡り、ノースと呼ばれる郊外に入っていく。緑が多くなり同じような特徴の家が続いている。木々に囲まれた家は平屋で壁は煉瓦、屋根はオーストラリアの赤土で焼いた瓦で吹いてあり葺いてあり、色は明石瓦より少し薄いくらい。寄せ棟づくりが大半で一部切りずまと併用してある。途中までシドニーオリンピックのマラソンコースを逆走していた。道路にはマラソンコースを示すブルーラインがまだ鮮やかに残っている。毎年、メモリアルのマラソン大会が開かれているそうだ。車は大きく右に曲がり、東の方に走る。段々森の中に入っていく。民家も少なくなってきた。何回か、曲がりながら12時30分テリーヒルズの森にあるシドニー日本人学校に着いた。
   受付で挨拶すると担当の中倉先生が出てきた。30前後の長身の男性。校長先生に挨拶ということで、車の中にいた、まち、ゆき、みすぐに連絡する。玄関ロビーにおひなさまが飾ってある。2階の校長室へ案内された。青山彰校長先生は私と同年代ぐらい。名刺を交換した後、中倉先生を交えて、公演の打ち合わせに入る。
   少し休憩して、14時ぐらいからと思っていたのだが、13時30分からにして下さいとのことで、水をお願いして会場へ移動する直前、校長先生が
「空港からまっすぐ来られたのなら昼食は?」
とお尋ねになった。素直に「まだです」と答える。「何か手配しましょう」と、ありがたい言葉。
   早速、バスケットボールのコートが1面の広さで、舞台付きの体育館に案内され、準備にかかる。すぐに水が届き、飲みながらの準備である。何人かの生徒達がバスケットボールで遊んでいた。体育館も土足で、体育館シューズを利用している日本と比べて、ちょっと違和感を感じた。
  準備を進めていると、体育館にサンドイッチの出前が届いた。4人前、でも量が多い。校長先生のお心尽くしである。つまみながらの準備だか、公演前にはそんなに食べられない。4人で1人前も食べることができなかった。 持参した変圧器も心配なく働いて、準備は予定通り進んだ。衣装に着替える場所をお願いしていたら、トイレ前のベンチだった。始まる10分前からクラスごとに体育館に入ってくる。
   「子ども達がとても楽しみにしていますので、よろしくお願いします」
と挨拶をされる先生もある。幼稚園から6年生までの小学校の部全員で、国際学級で学ぶローカルの生徒もいる。
   13時30分シドニー公演1回目が始まった。

公演 そのT
  ♪ オープニングの歌  ♪ ハローマイフレンズ   ♪ もしも季節が一度にきたら   いっすんぼうし
  ♪ 春の小川   パネルシアターマジック ♪ パンパンサンド♪ 手のひらを太陽に ♪ そうだったらいいにのにな
 ♪ てんとう虫のサンバ ♪ アイアイ
  事件はいっすんぼうしの話が佳境に入り、鬼達といっすんぼうしの戦いの場面で起こった。電気が一斉に落ちてしまった。持参した変圧器は重量の関係で、音響で使用する電気の量を厳密に計測し、専門家の判断も聞いて、容量は20%ぐらい余裕のある100ワットであった。オーバーヒートした場合、自動的に遮断する仕掛けとなっており、準備段階から電源を入れっぱなしにしていた。復旧には30分かかると仕様書に記載してあったことを思い出した。ゆきは何事もなかったように声を張り上げて話を進めている。とりあえず変圧器のコンセントを外す。
   舞台の袖に中倉先生ともう一人の先生が駆け上がってきた。ブレーカーを調べている。ここではしばしばブレーカーの落ちることがあるらしい。変圧器のオーバーヒートを告げると、容量が1.5キロワットの大きい物 が舞台に袖にあるとのこと。すぐに取り替えて無事復旧。音が途切れた時間を4分間ぐらいに感じていたが、後日、ビデオでチェックすると2分30秒、いっすんぼうし最後の歌には無事間にあった。でも、すぐに明日、明後日の公演ではどうしようか、と気になり始めた。
   終了後、音が途切れても平然として続けていたので
 「よくあることですか?」
と、尋ねられたが、
 「いいえ、初めてです」
と答えておいた。T.F.G の公演では、風で絵が飛んでも、音か出なくても演技は決して止めない。生徒達も音の異変に気づいていたかどうか分からないほど動揺はなかった。
   14時20分無事終了。代表の6年生男子から日本語で、国際学級のローカルの女子から英語でお礼の言葉を頂いた。この時はじめて、「異国の地なのだな」と感じながら聞いていた。
   片付けを始めようとしたとき、1度体育館から退場した生徒達が、舞台に上がって来た。お礼を言ってくれたり、不思議そうに絵やボードに触れたり、中には「日本ではどんなところでやっているのですか?」と、質問してくる。思いがけなく、子ども達と直接の交流であり、時間に余裕があるので楽しんでいた。10分間ぐらい続いた。
   福田さんが迎えに来ていたので、先に機材を車に積み込んで校長先生に挨拶に伺う。そこには食べきれなかったサンドイッチが運ばれている。手を付けていた2皿の分を食べ、残りは夜食用に頂く。途中まで、校長先生もご覧頂いたのこと。しばらく、子育てとか、学校内で起こっている出来事など話していたが、日本と同じようなことがシドニーの日本人社会でも起こっているようだ。記念品を頂き、玄関で校長先生に記念写真のシャッターを押して頂き、わざわざ車までお見送りを頂いて、15時10分に残暑がきついテリーヒルズのシドニー日本人学校を後にした。

PACIFIC INTERNATIONL APARTMENTS-SYDNEY
   帰りは来た道をホテルに向かう。彼女たちは疲れからか寝ている。変圧器の事が気になり福田さんに事情を話すと、
 「ぼくが持っているのでよかったら使って下さい」
とのこと。今回のシドニーのアクセス・観光は彼の会社にお願いしている関係もあり、お借りすることにする。これでまず安心。明日、車に積んできて下さることになった。
   16時ホテルに到着。アパート形式の160室のホテルでジョージ通りの南。西はサセックス通りに面していて、東と西では一階分の段差がある。中華街のすぐ傍だ。評価は3.75。バウチャーを出してチェックインするが、フロントの女性が困った顔をしている。日本語が全く通じず、(英語と中国語だけ)福田さんの助け船で意味が分かった。用意されているのはキングサイズのベッドルーム2つとソファーので、男1人と女3人でどうしたものか、困っていたらしい。予定では、ツインルームのシングルベッドをリビングに持ち出して寝ようと思っていたが、仕方がないので、ソファーで寝ることを覚悟してO.Kをする。
   部屋は1501号室でたくさんの荷物をカートに載せて福田さんに部屋まで運んでもらった。ルームキーは2コもらうが、エレベーターで上に上がるときはルームキーを通さないと動かないし、夜11時から朝7時の間はホテルの玄関も閉まっていてキーがないと入れないようになっている。 
   部屋に落ち着くと中の探検。フルバス1コとシャワー1コ。トイレが2コ。キッチンと全自動乾燥つきの洗濯機がある。16時45分頃、今回の公演でお世話になっているカズさんに連絡。すぐに顔を出すとのこと。また、21日の変圧器を依頼するために土曜学校の神代さんに電話するがつながらないので、運営委員の阿部さんに依頼する。しばらくして 神代さんより保護者の方で都合が付いたとの返事が来る。

カズさん
   17時頃、カズさんからホテルの下にいるとの電話。まちに迎えにいてもらう。すぐに、足音がしてカズさんがやって来た。想像していたよりもスッとしていい感じ。初対面なのに半年以上もメールでやりとりしており、そのいきさつはまち、ゆきも知っているので旧知の人に会ったみたいに和やかだ。挨拶もそこそこに、お湯の入れ方、洗濯機の使い方を聞いている。一段落してから、食べ物のリーズナブルでおいしくて 女の子が好きそうな所を教えてもらう。持参したシドニーの地図に店だけではなくおすすめのメニューまでも直接書き込んでもらう。
   結局、教えられたとおりに行った。土産物屋のお勧めの所(日本人向け)、カズさんの事務所の場所。そしてシドニー在住の日本人達(カズさんの仲間)の今夜の飲み会に誘われる。行きたかったが、疲れているのと明日の公演を控えているので自重する。後日、カズさんの仲間から、「なぜ来なかったか?」と聞かれた。私たちのことはカズさんを通して仲間達にも広く知れているらしく、またドライバーの方も私たちの目的が単なる観光だけではないことを知って頂いていたのでありがたかった。

スーパーボウル
   1時間ほどでカズさんは帰っていった。入浴してとりあえず汗を流すことにする。バスの使い方、水と湯の調節がうまく行かなくて、ベッドルームまで少し濡れてしまったと、文句を言われる。みんなが揃ったところで、 19時過ぎに、夕食と買い物に出かける。カズさんに紹介されたチャイナタウンのスーパーボウルという店に行くことにする。真ん中あたりですぐに見つか った。店の前に簡単なテーブルを10個位並べている。店の中で食べるのなら空いているとのことだったが、勧められたとおり、店の前のテーブルが空くのを待つ。街路樹の植え込みの淵に腰をかけて10分ぐらい待っていると、先にオーダーを取りに来る。メニューを確認していると、席が空いた。ここでおもしろかったのは、街頭カラオケを英語と中国語で有料なのか 好きでやっているのか分からなかったが2〜3人がかなりの音量で楽しんでいた。北国の春も流れていた。中国でも流行したらしい。 「先生、やってきたら」と、ゆきにけしかけられたが、そこまで勇気はない。
   注文したのはカズさんおすすめのレタス包みやピピというアサリの炒め物で辛かった.福建炒飯はあんかけ炒飯だ。まず、ビールで乾杯。出てきたのは缶ビール。客は観光客が多くひっきりなしだ。充分満足してチェックの時にびっくり、水代・お茶代などもついている。少し、ぼられているなと感じたが仕方がないので75ドル支払う。店員によってもその辺が違うらしい。観光客とみて、足元を見られたようだ。1時間あまりででて、朝 食の材料を調達しようと思うが、シドニーは午後5時30分には商店は閉まってしまう。開いていたのはセブンーイレブンのコンビニだけだった。品揃えは日本とだいぶん違う。料理する予定だったが調味料、食材が揃わないので、3人は牛乳を買ってコーンフレークにしていた。トンおじさんは備え付けのコーヒー。回送中のシドニー・ライトレールが止まっていた。
疲れたので、メンバーが明日の用意をしている中、午後10時にソファーで眠る。


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