2009.12.08登壇
(北川貴則 本会議登壇・1回目 質疑発言内容)・・・
1、「日本一安全なまち 明石」の実現のための危機管理について
(1)大蔵海岸の安全対策の取り組みは、その後どのように行われているのか(2)各小学校区での婦人防火クラブの地域連携は、その後どのように進められているのか
大きく1項目目は「日本一安全なまち 明石」の実現のための危機管理について であります。
 
平成13年に発生いたしました、2つのあの大きな事故を鑑みまして二度とあのような悲しい事故を発生させてはならないとの強い想いのもと、北口市長さんが先頭に立たれまして、安全に関する信頼回復・新しい明石の再構築に向け、「安全・安心のまちづくり」を最重点課題として掲げ、防犯や防災の一層の充実をはかるなど、数々の施策にも取り組んでこられた事は大いに評価されていることと存じます。
防災安全課の設置や危機管理の専門家である理事職の配置、スクールガードや学校警備員の迅速な配置もそうでしたが、安全対策に関しましては「どんなささいな事でも真摯に受け止め迅速な対応を・・」の心意気は事故後の明石市民の皆さんの安全安心に大きく結びついている事と存じます。
また、昨年の7月21日には事故後に入庁した新職員さんへの継承を目的とした「安全安心まちづくり講演会」を開催するなど、再発防止に加え、事故の教訓を風化させない取り組みも行われております。これらの取り組みを今後とも継続することで本市に「安全文化」が構築され、「日本一安全なまち明石」となることを確信する次第でもあります。是非、今後も油断なく市政の全般にわたる安全対策の推進を図っていただきたいと願う次第であります。
そこでお尋ね致します。特に2001年12月30日の砂浜陥没事故後、「安全・安心のまちづくり」を最重点課題として掲げる本市の原点・大蔵海岸の安全対策について、その後の取り組みをお聞かせいただきたいと存じます。

2点目は危機管理のあり方が問われます有事・災害時に備えての・婦人防火クラブと地域との連携について であります。

本市の婦人防火クラブは昭和56年、当時の自治省消防庁からの指導により「中崎校区婦人防火クラブ」が設立されたのをきっかけに、今や、市内(18クラブ)1000名を超えるご婦人方が、「いざ」という時に、いち早く駆けつけられるよう訓練を重ねておられます。「いつ起こっておかしくない」とお聞きする東南海・南海地震も想定いたしますと、兵庫県南部地震の教訓からも、直後の人命救助、はたまた、長期化した場合の「パン1つを分かちあう避難所生活」にいたるまで、地域防災力の強化の面からも新たな担い手・地域のリーダー的存在が不可欠な事から、そのリーダ役に「ピッタリ」なのが、家庭の主婦の方々が中心になられて組織されておられます各校区での「婦人防火クラブさん」ではないでしょうか。

消防本部との連携は勿論のこと、各校区における日頃からの献身的な取り組みを通して、各地域コミュニティとの連携もお持ちで、孤立しがちな単独の自治会を広くカバーできる、まさに非常時の即戦力であります。
以前にもお尋ねいたしましたが、有事・災害時に備えての・婦人防火クラブと地域との連携強化について、その後、どのように進められているのでしょか。お聞かせいただきたいと存じます。


2、教育環境の整備について(1)ほんだいすき!プランの推進として、学校図書館の整備を図ると共に、地域への開放はできないのか?

大きく2項目目は教育環境の整備について、特に「こども達を見守る目」の強化にもつながる観点からも学校図書館の地域住民への一般開放について お尋ね致します。

平成16年11月奈良県では帰宅途中の小学1年生の女児が誘拐され、後、平成17年11月、12月には広島県と栃木県で同じく小学1年生の女児も尊いお命を奪われるという痛ましい事件が起こりました。平成17年12月には「まさか」この本市で女子中学生が連日切りつけられるなど、更には平成19年10月お隣の加古川市さんの方では小学2年生の女児が自宅前で背後から何者かに・・・

近年、何の罪もない子ども達を突如襲うこれら凶悪な犯罪が各地で発生しております。また安全なはずの家庭においても死に追いやられるほどの激しい虐待事件も後を絶ちません。

子ども達にも安全意識を身につけていただくことも当然必要ですが、もし、人目があれば防げたり、また、もし、小さなSOSのサインを見逃す事がなければ命は救えたのに・・と後悔をする事がないように、未来を担う大切な子ども達を犯罪から守るのは私たち・大人や地域の役目ではないでしょうか。
幸い本市は「明石市子どもの読書活動推進計画」に基づき、ことばを学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かにするなど、子ども達がよりよく生きていく上で欠くことのできない読書活動の一層の推進を図るため、この平成21年度から平成23年度の重点プランとして「ほん だいすき!プラン」を実施されていますが、もし仮に、学校図書館が放課後の居場所にもなったり、また、スクールガードのように「子どもを守る目」として地域の方々が気軽に子ども達との交流も出来る場として開放することができましたら、恐らく書籍を愛する一般利用者の方々も「子ども達を見守る目」となってくださり、「人の目を気にする不審者対策」にもスクールガードと同じく効果もあがり、教育のみならず防犯上の居場所づくりとして1石2鳥で、明石ならではの安心の子育て支援の温かい施策として、市民の方々に喜んでいただけるのではないでしょうか。
そこでお尋ね致します。本来、学校図書館は教育の場であって、おしべりや地域交流の場とは考えられてはおりませんが、「子ども達を見守る目」の強化の観点からも学校図書館を放課後、地域住民にも開放できないのでしょうか。
教育委員会のお考えをお聞かせいただきたいと存じます。


3、明石市民まつりの花火について(1)花火再開を望む市民の声・ニーズをどのようにとらえているのか

大きく3項目目は 明石市民まつりの花火について であります。

本市ではかつて、夏の始まりを告げる毎年7月の第3土曜日だったでしょうか?市民まつりには花火大会が開催されておりました。私はこの近所で生まれ育ってまだ40数年ですが、幼いころからにぎわう観光道路での夏休みのまつりと夜空に浮かぶ大きな花火を楽しみにしていた一人でありました。ですが、2001年7月21日の第32回明石市民夏まつりは観光道路ではなく大蔵海岸で行われ、歩道橋事故(死傷者258人)が発生しました。深い悲しみと責任問題、そして激論・原因究明と再発防止の協議、更には本市の事故後、各地の花火大会が中止される事態が続々と生じるとともに、全国的に「まつり大会等イベント開催時の重々しい安全対策・警備の強化」が求められることとなりました。その後、本市ではご遺族の方々、お怪我をなされてしまわれました全ての方々との間では誠意をもってのお話と和解が成立し、「二度とあのような事故を起こしてはならない!」との強い決意のもと「命の尊さを第一とした安全対策」が本市の最重要課題と位置づけられる事となったのでありました。
その後、多くの市民の方々からのご要望も相まって、安全を第一・重視してのまつりの再開が協議され、2004年からは花火なしのまつりが明石公園で再開されました。一般市民の方々も安全に対する認識は高く、「二度と事故を起こさないように!」との願いからでしょうか?以前になく当日のボランティア・パトロールに参加される方々の熱意・数の多さにも驚くほどの協力が見受けられました。そして2年前からは以前のように夏休み、夜の観光道路にもまつりが帰ってきました。
「安全対策に万全を尽くして」との明石市民まつり復活は順調との事ですが、今年の観光道路でのまつりの中では以前のような 明石の 夏の風物詩の 花火 はなく、「いつになったら花火があがるの?」とのお声も、当日多く耳に致しました。
勿論、ご遺族の方々のお気持ちや花火となりますと更に万全が求められる警備体制など明石市民まつりでの花火再開にはさまざまな課題もあるのでは・・とお見受けいたしますが、本市として、市民の皆さんのお声をどのようにとらえているのでしょうか?また、このまま本市は未来永劫、夏の夜空に花火は「あがらない」のでしょうか?

本市のお考えをお聞かせ頂きたいと存じます。 


4、明石港の再整備・ジャリ揚場移転について(1)海峡交流都市の南の玄関口・明石港のジャリ揚場移転についての取り組み状況と今後の方針は

最後の項目、大きく4項目目は 明石港の再整備・ジャリ揚場移転について であります。

以前、この本会議にても「中心市街地の活性のためにも・・明石港ジャリ揚場移転は不可欠」の旨 ご答弁がございましたが、もう私ごときが申し上げさせていただくまでもございませんが、もし、現・明石港のジャリ揚げ場が移転予定先の住民の方々をはじめ多くの関係者のご同意の上で晴れて移転されましたら、約2万平米のその跡地には、観光バスの駐車場や昼網市も兼ねた備えた集客スペースも整備でき、他市・他府県からも多くの来明が可能となり、ここを集客拠点として市内・周辺に数多くある明石独自の観光資源とリンクさせる事が可能ともなりますので、例えば、光源氏・柿本人麻呂をはじめ明石原人・明石ゾウのような本市の歴史ロマンやあのアカウミガメの訪れ来る砂浜を満喫していただいたり、世界一の明石海峡大橋をバックに温泉・海産物にも舌鼓を打っていただくなど、本市の魅力を全国に発信する事も可能となります。
是非「世界一の大橋と日本の標準時・天文科学館をバックに記念写真」というキーワードで、未来を担われるお子さん達の一生に一度の記念の修学旅行などで大切な思い出になさっていただければ・・・と節に願う次第でもあります。
 こうした、愛される無限の可能性を秘めた、眠ったままの観光資源を蘇らせるキッカケがこの明石港には秘められているわけでございます。
しかしながら、県事業で約5億円の明石港東外港公共埠頭環境整備事業(2006年9月上旬、直近住民には飛散防止柵・ネット工事ほか環境整備事業旨との説明があり同年11月30日に県知事あてに直近自治会 ほか561世帯主署名・屋根は要りません・早期移転を!の工事中止要望が提出された案件)が施工され、本年10月4日から供用開始されました。この議場・市役所すぐ西隣でのその重装たる様子はもう皆さんご存知の通りかと存じます。
その建造物を目に「ほんとうに移転するの・・・?」また、「このまま、明石港で永久操業になってしまうのでは・・・?」との落胆や懸念のお声が次々と聞こえてきます。そこでお尋ね致します。
海峡交流都市の南の玄関口・明石港のジャリ揚場移転についての取り組み状況と今後の方針について、市は現在どのように取り組み、また今後取り組んで行こうとお考えなのでしょうか。お考えをお聞かせいただきたいと存じます。

以上で一回目の発言を終えます。